NSPの天野滋さんが死去

邦楽・J-POP
07 /04 2005
NSPの天野滋さんが死去 IBCニュースエコー (現在リンク切れですが実際に掲載されていた記事をそのまま転載させていただきます)



一関出身でフォークグループNSPのリーダーでボーカルの天野滋さんが亡くなりました。52歳でした。

天野さんは、一関工業高等専門学校在学中の1972年に同級生の中村貴之さんと平賀和人さんの3人でNSPを結成し、卒業後の1974年から本格的に音楽活動を始めました。「夕暮れ時はさびしそう」などのヒット曲を出しましたが、1987年にNSPの活動を一旦休止しました。その後、天野さんはソロ活動などを経て、2002年からNSPの活動を再開。今年2月には19年ぶりに新しいシングルとアルバムを発表し、3月には東京の渋谷公会堂でコンサートを行いました。しかし天野さんはその後、体調を崩し、今月1日の午後7時過ぎに脳内出血のため亡くなりました。52歳でした。




1970年代のフォーク・ニューミュージックを通過して来た人ならば恐らくかなりの思い入れのあるグループであろうN.S.P.(New Sadistic Pinkの頭文字を組み合わせたのがこのグループ名の原点ってのは良く知られた話)。上記にもある通りついこの間復活したばかりだというのに天野滋さんがこの様な事になっていたとは知りませんでした。それにしてもまだ52歳とは若すぎる死でした。慎んでご冥福をお祈りします。



本当、こんな時に「雨は似合わない」よ・・・



NSP official website



F1第10戦フランスグランプリ決勝まとめ

モータースポーツ
07 /04 2005
アメリカグランプリから2週間、20台フルグリッドのグランプリが戻って来た。



6月29日に開かれた評議会にてとりあえずミシュランユーザーのチームに対するペナルティは9月14日に先延ばし。ただタイヤメーカーの所為なのにチームにまでペナルティが及ぼうとするのは納得がいかない様子。個人的にはやはりレースに対する耐久性の無いタイヤしか用意出来なかったタイヤメーカーの方に非があったと言わざるを得ない。ただ、シケイン設置案もあの準備期間の無さでは混乱するのは目に見えているので却下したのは正解だった様に思う。スピードを落とす案もきちんとタイヤを用意出来なかったメーカーをFIAが皮肉っているかの様な感じだった、今から思えば。ただアメリカグランプリでの事は明らかにF1ファンならびにモータースポーツファンを無視した結果であって、これはなんらかのペナルティを受けるのは仕方が無い様な気がする。その原因を作ったのが紛れもないミシュランというメーカーのやった事だし、そのタイヤを共同で開発しているのがF1チームなのだからこれはなにをかいわんやである。ただ後になってポイント剥奪とか選手権順位無効とか、そういう後味悪いのは勘弁。あくまでいい加減なところで譲渡してもらいたいモノであるが、我々はあくまでレースを楽しみたいだけ。政治的な話は二の次で良い。



さて、フランスグランプリ。

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かっちゃんず

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